篠田昭新潟市長を支援する市民の党の目的、中国総領事館を新潟に作る謎
市民の党の全面支援を受けて当選した篠田昭市長
新潟市の篠田昭(しのだあきら)市長は、元新潟日報の論説員だった方。2002年11月の新潟市長選挙で初当選され、現在は3期めに突入しています。
市民の党は機関紙『新生』の中でも篠田昭氏を取り上げるなど、かなり熱心に支援していました。その他、元藤沢市議の原田タケル氏のHPなどでも、篠田氏を支援していた様子が記されています。
画像は『市民の党』の東京都議、伊沢けい子氏のHPから拝借。2005年に行われた「地魚と岩牡蠣の夕べ」なる、篠田氏支持者の会合の様子です。新潟選出の民主党黒岩宇洋議員、篠田昭新潟市長とともに撮った写真が掲載されています。
また伊沢けい子氏はHP上で、篠田市長の選挙について「泊り込みで一ヶ月近くお手伝いをし、主に電話かけをした」と述べていて、かなりの熱の入れようであったことがわかります。
また、2005年には伊沢けい子氏自身の東京都議会選挙もあり、その際に篠田市長の方から伊沢氏へ送られた応援のメッセージも伊沢氏のHPに載っています。
市民の党と伊沢けい子という人
この伊沢けい子氏は、民主党の山花郁夫氏を支援していて公職選挙法違反で逮捕された方です。
→また公選法の恣意的運用? 石原批判の前都議が逮捕-JanJanニュース
そして市民の党を一躍有名にしたのが、2011年4月の三鷹市議選に、よど号ハイジャック犯と拉致容疑者の子息である森大志氏を擁立した件。
このとき伊沢けい子氏は、北朝鮮生まれ北朝鮮育ちで右も左もわからない森大志氏につきっきりで選挙活動を支援していたそうです。
(森さんは日本革命村で思想教育を受けたそうなので、左については詳しいかもしれません)
市民の党の森大志選挙ポスターでも、伊沢けい子氏の顔写真が写っているのが確認できます。この画像では切れてしまって、下の方におデコと『伊』の文字がちょこっと見えるだけですが。
さらに市民の党といえば、菅直人首相らをはじめとする民主党国会議員が献金したり、献金してもらったりしていたことでも有名になりました。(テレビや新聞ではあまり報道されなかったが、ネット上では)
この伊沢桂子氏もまた、市民の党関連の団体に多額の献金(上納?)をしています。『政権交代をめざす市民の会』、『MPD平和と民主運動』、その他の関連団体の政治資金収支報告書を見ると、頻繁に伊沢桂子氏の名前が出てきます。
資金面からも市民の党の活動を支えている、『市民の党』主力メンバーの一人です。
▽市民の党所属の地方議員+関係する政治家のリスト (暫定版)
新潟市長選挙での市民の党の活動
篠田市長と市民の党の関係については、『財界にいがた』の記事でも取り上げられています。この記事からも、斎藤まさし(酒井剛)氏を先頭に、市民の党メンバーが総出で支援していたようすがわかります。
記事の中で、「市民の党の斉藤まさしさんは黒岩さんの知り合いで、黒岩さんサイドが引き連れて来たんだと思います」というコメントが掲載されています。新潟の参議院補欠選挙で黒岩氏を当選させたことが、『市民の党』の新潟進出のきっかけとなったようです。
さらに市民の党の機関紙『新生』によれば、新潟市長選挙の候補者選定には黒岩氏も関わっていた、とされています。黒岩氏を通じて、市民の党が候補者選びの段階から関与していた、とも考えられます。
当選したばかりの黒岩氏に、どの程度の発言権があったのかはわかりません。しかし結果的には、黒岩氏の参院選挙と同じような選挙戦略がとられることになっています。無名の新人だった黒岩氏を当選させた実績がありますから、市長選の候補者選びにも、市民の党が影響を与えた可能性はあるかもしれません。
選挙活動中は『市民の党』が積極的に支援していたこと。また篠田あきら氏の方からも、伊沢桂子氏を応援するメッセージを送っていたことからも、篠田市長と市民の党が相互に関係を築いていることは確かです。
資金のやりとりなど特に無いようなので、市民の党が篠田市長を支援した目的は資金面以外のところにありそうです。
※2002年の市民の党収支報告書を見ると、「新潟の勝利を明日につなげる実行委員会」なる組織へ95万円が渡っている。もしかすると篠田氏か、あるいはその他政治家に関連する団体で、市民の党から資金が流れていたのかもしれない。
篠田市長の人物像や政治思想など
篠田氏は斎藤まさし氏と同じ時期に、上智大学のロシア語学科に在籍していたとのこと。ただし篠田氏のほうが3年上だったそうで、直接の面識はなかったということです。個人的なつながりからの支援、というわけでもないようです。
そうなると、篠田市長がどういった政治信条を持っているのか気になるところ。篠田市長から伊沢けい子氏に送られたメッセージには、「隣国の感情に配慮せず靖国参拝に固執する小泉政権の下、日本は東アジアで孤立」や、「日本海を挟んで北朝鮮と向かい合う新潟市では東アジアの平和・共生問題が他地域にまして気になります」などの文言が見られます。
また、伊沢氏のコメントによると篠田市長は、「アジアとの表玄関として、中国、朝鮮半島、ロシアとの経済交流などを通じて、平和を築いていこうとする抱負をもっておられる」そうです。
コレを読んだ限りでは、思想的にも政策的にも、民主党や社民党、市民の党と共通した部分が多いようです。このあたりが、市民の党が篠田氏を支援している理由かもしれません。
新潟市の自治基本条例騒動
2007年から2008年にかけて、新潟市では自治基本条例を制定する動きがありました。市外からの通勤通学者を含めて『市民』という定義にしたり、住民投票の請求権を永住外国人の方にも与える内容で、問題になっていたようです。
この内容なら、関東から選挙応援に来た市民の党のメンバーも『新潟市民』になるのか?
篠田市長の市議会での答弁を見てみます。この『市民』という定義については、「市内で働かれている方,学ばれている方にまで範囲を広げています」と述べています。さらに、「新潟市民として生活されている永住者及び特別永住者の方々からも請求に加わっていただけるよう規定」とあり、住民投票の請求権を与えられることになっていたようです。
新潟市議会 平成19年9月定例会本会議-09月18日-02号 より
次に,市民の定義についてです。
この条例では,市民を市内に住所を有する方に限定せず,市内で働かれている方,学ばれている方にまで範囲を広げています。これは,行政需要の多様化や政策課題の広域化などにより,地域社会が抱える課題の解決やまちづくりを進める上で,住民だけではなく,新潟市という地域社会において幅広い人々が力を合わせていくことが必要との認識から定義したものです。
次に,永住者及び特別永住者の住民投票請求権についてですが,条例第19条は住民投票の実施の請求について定め,新潟市民として生活されている永住者及び特別永住者の方々からも請求に加わっていただけるよう規定したものであり,日本国民にのみ認められる条例の制定,改廃などを求める直接請求権や市長や議員を選出する選挙権とは異なり,参政権に当たるものではございません。
最終的に、この条例は大きく修正された上で、可決成立となっています。この自治基本条例の問題については、専門に扱ったサイトがあるので、そちらにまかせることで割愛。
→危ない!新潟市自治基本条例!! 人づくり県民ネットワーク
中国総領事館の設置と、万代小学校跡地への移転問題
新潟には、2010年に中国総領事館が開設されています。そして中国総領事館の移転先として、中国側が万代小学校跡地を要望して、これも大きな問題になっていたようです。
小学校の跡地は新潟市の持ち物で、篠田市長は「基本的には売却する方向」だったが、住民からの反対運動もあり、売却計画は頓挫しています。
→新潟中国総領事館の万代小学校跡地移転問題 - Wikipedia
たとえば地域に住む中国人が増えたなら、手続き等で総領事館が必要になることもあるでしょう。しかし新潟で特に多いということもなく(47都道府県で22番目)、新潟に総領事館を置く理由はよくわかりません。交通の便利さなどを考えてのことなのでしょうか。あるいは、これから中国人の人口が増える(増やす)予定だから、ということなのかもしれませんが。
→在日中国人 - Wikipedia
なお、中国側の最初の要望では、総領事館の設置先として沖縄県を希望していた、とされています。ちなみ沖縄県の中国人口は、下から8番目の少なさ。本土から離れているので、沖縄県内にあると便利だという面はあるのでしょうが。
沖縄がダメなら新潟というのも、いったいどういう基準で場所を選んでいるのか。もっと別の政治、軍事、経済などの面で狙いがあるのかもしれません。そして偶然なのか必然なのか、沖縄も市民の党が積極的に活動している場所のひとつです。
▽民主党の沖縄県連は、喜納昌吉と市民の党に乗っとられている
新潟州構想を推進
さらに2011年に入ってからは、新潟県の泉田裕彦県知事との間で『新潟州構想』が発表されました。中にはきわどい文言も見受けられます。
→新潟県:新潟州構想のページ
1 目的
・地域の課題は住民に身近なところで解決できるよう、基礎自治体の自治権の強化を図る。
3 構想のイメージ
・新潟州(新潟都)内の権限の配分など統治のあり方は、地方自治法の抜本改正により条例で定められるよう、国の関与の廃止を求める。
新潟市では中華街を造るという構想もあり、篠田市長も賛同しているようです。もちろん地域の活性化は必要でしょうし、経済交流はけっこうなことです。しかし、一方でリスクも抱えていることも意識しなければいけません。自治条例に見られるように、住民以外にも政治や行政に関与させるとなると、また危険度が増してきます。
→NEWSポストセブン|中国 膨大な次世代エネルギー源眠る新潟を虎視眈々と狙い中
新潟という土地は、田中角栄氏の時代もあって中国との関係は深い地域です。角栄氏の後継者ともいえる小沢一郎氏も、大訪中を引き連れての中国詣でがあったり、それに絡んで習近平氏と天皇陛下の会見を強引にセッティングしたこともありました。
→(cache) 小沢氏の週刊誌発言 宮内庁長官「悲しい」 - MSN産経ニュース
篠田氏の市長選では、民主党・社民党にくわえて、当時小沢氏が率いた自由党も支援に加わっていました。その篠田市長と中国の接近は、必然と言えるのかもしれません。
また、新潟は万景峰号の寄港地でもあり、北朝鮮による拉致被害が多発した地域でもあります。中国や北朝鮮から見れば、新潟は橋頭堡として最適な土地のひとつ、ということなのでしょう。
そして小沢氏も、角栄氏の娘の田中真紀子夫妻も、今は民主党におられます。民主党、市民の党、篠田市長、不思議な縁があるものです。中国による新潟への侵出については、以下サイトに任せて詳細は割愛。
→新潟の、いや日本の危機 まとめ|誇り高き日本
新潟の民主党国会議員も積極的に支援している市民の党
篠田市長だけでなく、新潟選出の国会議員にも、市民の党の支援を受けた方が多くおられます。
黒岩宇洋氏と市民の党は、千葉の堂本知事選挙以来の深い付き合いがありました。また黒岩氏は、横浜市議会で国旗をひきずり降ろしたり、議長席を選挙するなどして、除名処分を受けた市民の党のメンバーを擁護する内容の記事を、自らのブログに書いていました。(国会で追及されるとあわてて削除)
また鷲尾英一郎氏に関しては、市民の党代表の斎藤まさし(酒井剛)その人が公設秘書になっていた、という点で問題が大きい。鷲尾英一郎氏本人の政治団体との資金のやり取りもあって、市民の党との関係が深い議員の1人です。
さらに農林水産副大臣になられた筒井信隆氏も、市民の党に選挙支援されていました。しかも筒井信隆氏は民主党の新潟県連の副会長でもあり、篠田昭市長を擁立する過程にも関わっていました。
市民の党は関東を中心に活動している政治団体です。それがわざわざ新潟まで出張してきて、これだけ多くの新潟の政治家を支援しているというのも不思議な話です。
黒岩氏と鷲尾氏が拉致問題を担当する立場であったことも、関係するのかもしれません。あるいは、日本海に面していて中国や北朝鮮とも近い、という新潟の地理的条件に、市民の党や中国をひきつける何かがあるのかもしれません。
続報:中国総領事館が新潟市内の民有地を取得していた
市民の党をつくる新聞 新生 647号
11月3日告示、11月10日投票の新潟市長選挙
しのだ昭さん、立つ
4月の勝利から次のステップへ
十一月三日告示、十日投票の新潟市長選挙に、元新潟日報論説委員のしのだ昭さん(歳)が市民の代表として出馬することになった。「自民党王国」を突き崩し、黒岩勝利をかちとった四月参院新潟補選の成果をさらに発展させることができるかどうか――新潟市長選は、十月二十七日投票の統一補選と並び、きわめて重要な政治的意義を持つ戦いとなる。
新潟市長を三期十二年つとめてきた長谷川義明市長は今年六月、四選不出馬を正式に表明。長谷川市長は「後継指名はしない」と言明したが、長谷川氏の推せん母体である「にいがた新時代を考える会」が、出馬に意欲を見せる渡辺洋助役(歳)の擁立を決定、その後、自民党新潟支部も渡辺氏推せんを決めた。
これに対して、相乗りを排し、四月の参院新潟補選で黒岩たかひろ候補を圧勝させた「五本柱」(市民グループ、民主、自由、社民、連合)の枠組みを継承・発展させて新潟市長選に臨もうとする動きが民主党県連代表の筒井信隆・衆議院議員らを中心に進められ、一時、社民党県連代表をつとめる近藤正道・県議会議員を擁立する方向で調整が進み、近藤氏本人も出馬に意欲を見せた。ところが、この動きは、労働組合の連合新潟や自治労県本部などの反対でつぶされてしまう。
もともと新潟市政は、三代前の川上喜八郎市長以来、社会党(当時)・共産党を母体とした革新系市政の流れを持つ。長谷川現市長も、一期目は社共などの推せんを受けて当選したが、二期目から共産党が離脱、一方自民党が推せんに回り、以降、共産党を除く「オール与党」に支えられた市政となった。自治労県本部や連合新潟は、この長年の枠組みの中で形成されてきた既得権益を維持したいために、近藤擁立をつぶし、渡辺推せんに回ったのである。
しかし、これでは、「自民党王国」を崩し、新潟から日本を変える大きな一歩をつくり出した四月参院補選の成果が帳消しになってしまう。しかも、周辺市町村との合併――政令都市づくりへの足場を築いた長谷川市政への評判は悪くないとはいえ、一方で、相乗りになって以降、過去二回の市長選(長谷川市長と共産党候補のみが立候補)の投票率が三〇%台と低迷するなど、相乗り市政に対する批判も市民の間に少なからず存在している。
こうした状況を受けて、逆流を押し戻すために第三の候補を模索する動きが市民の中から沸き上がり、そこで名乗りを上げたのが、新潟日報の論説委員、しのだ昭さんだ。
しのだ昭さんは、地元で圧倒的最大部数を誇る新潟日報の論説委員兼編集委員をつとめ、地域の政治・経済・社会・文化に精通しているばかりでなく、自然環境の保護・再生や街づくりの実践に多くの市民とともに長年とりくんできた経歴から、誠実な人柄と相まって、その人望は厚い。政令都市へと舵を切った新潟市の次期リーダーとして、もっともふさわしい人物と言える。相手は助役出身、こちらは、市民とともに街づくりを進めてきたリーダー。官主導か、市民主導か――選択肢はきわめて鮮明だ。
しのださんは市民団体の要請を受け、九月十日に正式に市長選出馬を表明した。出馬表明記者会見の会場となったのは、信濃川の河岸に整備された「やすらぎ堤」。晴天下の会見で、しのださんは、選挙戦の母体となる「青空を呼ぶ市民ネット新潟」に集う市民の応援の弁を受けて、「政令都市に向けての条件は、市民と同じ目線で街づくりを考える市役所に変えること。そのためにはリーダーが変わることが必要」と出馬の決意と抱負を語った。続いて二十日には、自然が残る鳥屋野潟に面して設けられた事務所で、四百人近い市民を集めて事務所開きが行なわれ、事実上の選挙戦がスタートした。(別掲で、事務所開きに寄せられたメッセージと応援のこえ、しのださんの決意表明要旨。文責はすべて編集局)。
しのだ陣営の基本的スタンスは「ボランティアとカンパの選挙を徹底」すること。二十日の事務所開きには、しのださんとともに街づくりの活動を進めてきた市民たちや、黒岩選挙を担った新潟市内・県内のボランティアたち、また市民の党の地方議員など県外からも多くのボランティアたちが応援に駆けつけ、会場には「ボランティア勝手連」の旗が多数たなびいた。
しのだ陣営のもう一つのスタンスは、「政党・団体の推せんは受けない。ただし、個人で応援してくれる人は拒まない」というもの。実際、民主・自由・社民の三党は、党として「自主投票」を決めざるをえなかったが、民主党県連代表の筒井信隆・衆議院議員、自由党県連会長の渡辺秀央・参議院議員、社民党県連代表の近藤正道・県議会議員はそろって、「一市民として」しのださんを応援するメッセージを事務所開きに寄せた。これら各党の支持者の間では今後、「黒岩勝利に続いて自民党支配を突き崩す」「市民から離れた相乗り市政にはさせない」という多くの市民が望む方向に対してどんな態度をとるか、その選択が迫られ、分解が進むこととなろう。
こうして、十一月十日投票の新潟市長選は、十月二十七日投票の衆参統一補選と並び、きわめて政治的に重要な意味を持つ選挙となった。本紙は、読者の皆さんに、しのださん勝利のために、可能な限り支援・応援をお寄せくださるよう訴える。
(cache) 原田タケル公式サイト 今週の一言/2002年
2002年11月-2
11月10日投開票の新潟市長選挙で、元新潟日報論説委員の篠田昭さんが当選した。私も、事務所開きのあった9月20日に新潟に行き、数日間ボランティアとして参加した選挙。この選挙の持つ意味をあらためてご紹介したい。篠田さんは無所属で政党の推薦を受けず、ボランティアとカンパの選挙を貫いて、前助役で自民・公明推薦の候補を破ったのだ。しかも前助役に対して市政与党だった民主、社民が「分裂」して両党の実働を担ってきた労働組合「連合」新潟、自治労、市職労が自公にくっつくという構図の中での選挙戦。組織が強いとされる自民党、公明党、「連合」を向こうにまわしても、「ボランティアとカンパの市民選挙」が勝てる!事を証明したのだ。篠田さん側に付いた「分裂」した一方の政党関係者もいる。これは、3月にあった新潟参院補選で黒岩たかひろさん勝利の要因となった市民の力に継続して協働しようとする流れが生まれてきたことを意味する。先の統一補選では、「勝者なき」結果に終わったが、徹底したボランティアとカンパの選挙を貫き、その戦いを体現する候補者が結合すれば「勝利する」のは、市民なのだ!
(2002/11/11)
(cache) 篠田昭・新潟市長からのメッセージ 伊沢けい子WebSite
伊沢けい子さんへのメッセージ
「都政を変えよう!市民のカで」を掲げ、東京都議会議員として奮闘されてきた伊沢けい子さんを支援いただいている皆さま、いよいよ伊沢さんが2期目に挑む都議選告示の日がやってきました。
ぜひ皆さま市民ボランティアの力で伊沢さんをもう一度、都議会に送り込んでください。
日本海に面する新潟という一地方から見ていると、最近の日本が悪い方向、危ない方向に向かっているように思えてなりません。
隣国の感情に配慮せず靖国参拝に固執する小泉政権の下、日本は東アジアで孤立しつつあります。中国・韓国との関係を悪化させて、どうして北朝鮮の核開発問題に対処するのでしょうか。日本海を挟んで北朝鮮と向かい合う新潟市では東アジアの平和・共生問題が他地域にまして気になります。
タカ派発言を繰り返す石原慎太郎都知事には小泉首相以上に危うさを感じます。
市民の声を背負い、市民の目線で活動してきた伊沢さんに、もう一度都議会議員になっていただき、石原都政を厳しくチェックしてほしいと願っています。
伊沢さんには2年半ほど前の新潟市長選のとき、ボランティアで応援に駆けつけていただき、市民派選挙のやり方を身を以て示してもらいました。私がいまの立場に就けたのも市民のカのお陰です。
市民ボランティアのカを結集し、伊沢さんを再度当選させることで市民の力を示してください。新潟の地からエールを送ります。頑張りましょう。
2005年6月24日
新潟市長 篠田 昭
(cache) 新潟市長の篠田昭さんらと交流 伊沢けい子WebSite
2005年7月26日
7月23日、新潟市長の篠田昭さん、ボランティアの皆さんと交流してきました。
交流の夕べで。篠田昭新潟市長(中央)、黒岩たかひろ参議院議員(左)、私(右)。
7月23日、3年前の市民によるボランティア選挙によって勝利した新潟市長の篠田昭さんの支持者が集う「地魚と岩牡蠣の夕べ」に参加してきました。篠田昭さんの選挙の時には、私は泊り込みで一ヶ月近くお手伝いをし、主に電話かけを地元の皆さんと行なったご縁から、今回皆さんと久しぶりにお会いし、交流を深めてまいりました。
当日は、新潟港をのぞむ魚のせり市場の倉庫を貸しきり、おいしいお酒と魚、そして生バンドの演奏ありで、大変な熱気にあふれ、新潟市民パワーが全開の夕べとなりました。自分たちの手作りで、新潟の食材の豊富さなどの利点を活かし、まちづくりをしていこうとする一人一人の皆さんの意欲を感じることができ、大いに刺激されました。
また、篠田昭市長は、最近合併をし、規模も大きくなった新潟市を、地元の力を活かすこと、そしてアジアとの表玄関として、中国、朝鮮半島、ロシアとの経済交流などを通じて、平和を築いていこうとする抱負をもっておられることから、私も大変心強く思っています。
先日の都議会議員選挙の際には、篠田昭市長から、激励のメッセージをいただきました。小泉首相の靖国参拝問題や石原都知事のタカ派発言を憂慮され、これを都議会議員として、変えてほしい、という、切実なメッセージに、私は、東京の代表としてがんばらなければ、という思いを強くしました。
これからも、新潟の皆さんとは市民の政治を実現するために力をあわせていきたいと思っています。
伊沢けい子
財界にいがた 2011年7月27日発売号
黒岩宇洋、鷲尾英一郎に続き
元よど号ハイジャック犯・拉致容疑者関連政治団体と篠田・新潟市長との濃厚な関係
●篠田を担いだ「市民の党」
篠田昭市長が初当選したのは平成14年11月の市長選だった。相手は渡辺洋前前助役。当時、渡辺サイドは自民はもちろん、大多数の市議、各種業界団体など、重厚な陣立てだった。これを素人集団の篠田陣営がひっくり返した格好だ。
当時、篠田の選挙に係っていた人物が言う。
「渡辺前助役ではダメだというグループがいくつかあったんです。まず経済人などを含む市民グループ、そして数人の市議。それから反自民の国会議員や県議たち。国会議員では渡辺秀央、筒井信隆、黒岩宇洋、県議では近藤正道らです。こうしたグループで候補者探しが行われ、結果的に篠田に絞られていったのです」
篠田の選挙は政党や団体から推薦は受けないというスタイルが採用された。
「その年の4月、黒岩さんを当選させた”新潟方式”が手本になりました。政党や市民グループが共同して無所属候補を応援するといったものです。篠田の選挙では国会議員らは直接事務所には出入りしませんでした。その代わり実務者を派遣してもらいました。市民の党の斉藤まさしさんは黒岩さんの知り合いで、黒岩さんサイドが引き連れて来たんだと思います」(元篠田選対の幹部)
斉藤まさし代表や「市民の党」の関係者が篠田選対に選挙のイロハを伝授したという。
「市民の党が自前の選挙カーを2台も提供してくれました。どちらも多摩ナンバーだったものだから、”タマちゃん1号、2号”と呼んでいました。相手陣営からは”篠田は県外の外人部隊に支配されている”といった中傷ビラが出たりしました」(同)
当時、「篠田陣営には極左集団がついている」などとも言われた。
「選挙カーもそうですが、果てはどのボールペンを使うのがいいかといったレベルまで教えてもらいました。実際、教えてもらったとおりにやると上手くいくんです。それから応援のボランティアに、山形だ大阪だと様々な、それこそわけの分からない人たちがたくさん来ました。中には”市民派の選挙を勉強したいから手伝いに来た”という人もいましたよ」(同)
「市民の党」が篠田市長を誕生させた原動力だったということか?
「確かに有形・無形の恩恵はありました。でも篠田が当選したのは、まず市民の中にそれまでの市政に対する不満があって、篠田がそうした不満の受け皿たるべき候補だったということだと思います」(同)
●上智で同窓の2人
篠田初当選の選挙で、「市民の党」の関係者、そして、斉藤まさし代表の働きぶりは「頭が下がるものだった」という。「何人も泊まりがけで来て、身骨を砕くといいますか、”なぜここまでやってくれるのだろう”と思いました」(元篠田選対の幹部)
本当は、勝手連、ボランティアと称するプロ集団で、選挙後にそれなりの請求があったのでは?
「一切ないですね。彼らは選挙で金を受け取っていません。最近問題にされているような政治団体を通じての関係もないはずです」(同)
確かに「市民の党」とその関連団体、篠田市長の政治団体の収支報告をチェックしても、寄付等のやり取りは確認できない。「市民の党」が篠田当選に奮闘した理由は何か?
実は篠田市長と「市民の党」の斉藤まさし代表は上智大学の同窓でもある。共に外国語学部ロシア語学科で、年齢は篠田市長が3歳上。斉藤代表は在学中に学費値上げ反対ストで除籍になっている。意外やこの2人は大学時代からの知己ではなかったか?
後援会関係者が篠田市長に確認した話では、答えはノーだ。
「キャンパスで会ったことはないということです。篠田は同窓であるということを、初当選の選挙の時に初めて知ったそうです」(篠田昭後援会関係者)
前出の「アエラ」などによれば、斉藤まさしこと酒井剛は、その後、大学の同窓でもあった故田英夫の娘と結婚(平成12年に離婚)。昭和54年に菅首相が寄稿していたことでも知られるミニコミ紙「新生」(「市民の党」の機関紙とされる)を創刊した。その翌年に実地された衆参同日選では、故宇都宮徳馬や菅直人の当選に貢献。昭和58年には、国会で「極左過激派団体」とされた「MPD・平和と民主運動」を結成し、現在もその代表を務めている。
●「市民の党」都議を激励
(中略)
この伊沢都議だが、3選を目指した平成21年の都議選では次点に終った。そして同年9月、伊沢前都議は8月の衆院選に関連し、民主党を支援するための文書違反から逮捕されている。その結果、略式起訴され5年間の公民権停止処分になった。同前都議の選挙区は三鷹市だった。
●偶然か必然か
冒頭に紹介した国会でのやり取りを思い出していただきたい。今年4付きの統一地方選で、よど号ハイジャック犯のリーダーだった故田宮高麿と、日本人拉致容疑で国際手配されている森順子の長男が市議選に立候補した。擁立したのは「市民の党」。
前出の伊沢桂子前都議は、元三鷹市議でもある。その伊沢前都議が強力に支援したのが、故田宮と森の長男だったという。選挙の前哨戦で使われるのが候補者と政党関係者が並んで写るポスターだが、問題の候補のポスターには伊沢前都議の写真が並べて使われていた。だが同前都議の支援は実らず、故田宮と森の長男は落選した。
ここで篠田市長と「市民の党」との関係が改めて問題になる。市長は伊沢前都議にメッセージを送り、支持を表明していた。その前都議は、「市民の党」が擁立した問題の候補を強力支援。前都議に対する激励メッセージの内容からしても、篠田市長は「市民の党」と近い存在であることがうかがわれた。こうした関係をどう考えるかは読者の判断にお任せしたい。
「市民の党」が篠田市長の誕生に貢献した平成14年の市長選だが、結果として鷲尾英一郎と「市民の党」、そして斉藤まさし代表をつなぐ役割を果たした。一連の献金問題について、櫻井よしこが7月13日の産經新聞に寄稿している。そこで櫻井が鷲尾に取材した内容が紹介されている。鷲尾は<平成17年の初出馬の際に、父の友人である信頼できる人物から(斉藤まさし、本名酒井剛を)紹介され、選挙を手伝ってもらい、当選後に公設秘書にした>という。
この<父の友人で信頼できる人物>と斉藤まさしの接点となったのが平成14年の市長選だったのだ。「新潟市内の会社社長だが、市長選での市民の党や斉藤まさし代表の働きぶりを見て、鷲尾が民主の公募に手を挙げた頃から、斉藤代表を鷲尾本人、ないし鷲尾の父に紹介しているんです」(元篠田選対の幹部)
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