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越後の暴れん坊 黒岩宇洋さんが市民の党の機関紙でベタ褒めされていた



市民の党をつくる新聞 新生」は、『MPD平和と民主運動』や『市民の党』の機関紙で、斎藤まさし(酒井剛)氏が主筆を務めていた新聞。

また、菅直人氏やポルポト派、よど号ハイジャック犯などが寄稿していた、ということで一躍有名になった。そのほかにも、斎藤まさし氏がかかわった選挙について取り上げられることが多かったようです。

たとえば、2002年の参議院新潟県選挙区補欠選挙にも触れられている。その中で、「黒岩候補本人の強い要請で斎藤まさし市民の党代表(本紙主筆)が選挙戦のアドバイザーをつとめた」、と書かれている。これが本当なら、市民の党なんてよく知らなかった、という言い訳も苦しくなってくる。

また、「本紙が読者の皆さんに支持・応援を呼びかけてきた無所属の黒岩たかひろ候補」と書かれていて、市民の党が全面的に黒岩氏を支援していた様子がわかる。

また、市民の党の前神奈川県議会議員、長谷川くみこ氏のブログでは、2009年の衆議院選挙でも黒岩氏の選挙活動をしていたことがふれられている。一緒に写真も取っている。

黒岩たかひろさんと握手を交わす長谷川くみこさん

黒岩たかひろ氏は、参院補選で初当選した際には『無所属』という売り文句でやっていた。しかし実際には、公認を受けていないだけで、民主党・自由党・社民党などの推薦は受けていて、選挙でも支援は受けていた。その後、民主党に入党するわけだが、『無所属』というカンバンを捨てたせいか落選。衆議院にくら替えすることになった。

政党や団体から支援を受けているのだから、『無所属』というのはただの誤魔化しにしか思えない。それも選挙戦略なのだろうけど、『無所属』というカンバンが有利だから武器にしていただけ。その後、『民主党』のカンバン・ジバンが有利になったら、民主党にくら替えして選挙に出る。

黒岩氏のHPでは、座右の銘として『全て潔し』という言葉が載っているが、カンバンを隠した選挙戦は潔いのだろうか。むしろ、自分から『潔し』なんてアピールするような人間からは、うさんくささを感じる。市民の党に関する記事を黒岩氏のブログから削除して隠そうとする姿勢に、すべてが表れているような気もするが。




新生
市民の党をつくる新聞 新生635号



小泉政権「国政」初黒星
参院新潟補選 黒岩たかひろさん圧勝


 自民党の真島一男議員の死去に伴って四月二十八日に行なわれた参院新潟選挙区補欠選挙で、本紙が読者の皆さんに支持・応援を呼びかけてきた無所属の黒岩たかひろ候補(35)=民主党、自由党、社民党、無所属の会、みどりの会議、連合推薦=は、自民党公認候補に二十万票の大差をつけて圧勝した。この勝利は、小泉「不敗神話」を崩壊させ、今後の政局全体に大きな影響を及ぼすものとなったばかりでなく、全国的な市民政治勢力を創り出すうえで、確実なステップを刻むものとなった。

小泉政権を揺るがす戦い
 参院新潟補選には黒岩たかひろ候補のほか、自民党公認の塚田一郎候補(38)=公明党、保守党推薦=、共産党公認の桑原加代子候補(54)の計三人が立候補したが、選挙戦は事実上、黒岩対塚田の一騎打ちに他ならなかった。
 自民党は当初、県議を六期つとめる高橋正氏(65)を公認したものの、党中央が独自に行なった世論調査の結果、「高橋では勝てない」ことがはっきりすると、県連の不満を押し切り、強引に中央主導で候補予定者を若い塚田にすげ替えた。自民党にとってもそれだけ、小泉政権の命運を左右せざるをえないこの選挙は、どうしても負けられない戦いだったのである。一勝一敗に終わった横浜市長選、京都府知事選では「地方選挙と国政とは違う」との言い訳がまだ通用したが、国政選挙である補選ではそうはいかない。実際、横浜、京都では応援に入らなかった小泉首相も、新潟補選では新潟市、長岡市に入り、神崎公明党代表、野田保守党党首と並んで、塚田候補への支持を自ら訴えた。しかし、それぞれ約二千名を集めた街頭演説会も、小泉フィーバーに沸いた昨年七月の参院選のときのような熱気はなく、聴衆はほとんどが自民党と創価学会の組織動員。しかも「倒産が続いたのは経済政策の失敗だ。今ごろ何をしにきたのか!」などのヤジが飛んだ。

ボランティア選挙の勝利

 黒岩陣営は、市民グループ、民主党、自由党、社民党、連合の「五本柱」で構成され、黒岩候補本人の強い要請で斎藤まさし市民の党代表(本紙主筆)が選挙戦のアドバイザーをつとめた。当初は「寄り合い所帯」の不協和音も心配されたが、それらを束ね、陣営全体の主力となったのは、他ならぬ市民ボランティアの力であった。小泉人気が急落する中、「新潟から日本を変えたい」という熱い思いを原動力に、五百を超えるボランティア勝手連がつくられ、県外からも市民の党や無所属の地方議員をはじめ多くの市民が応援に駆けつけた。その熱意あふれる行動力とボランティア選挙の戦術が全体を引っ張った。
 わずか一ヵ月足らずの間に、ボランティアで集票活動に参加した県民は六千名を超え、積み上げた支持者名簿は十一万を上回った。既存の団体・組織を超えて「子」から「孫」へと支持を広げるという、旧来型の組織選挙ではない、市民ボランティアによる徹底した「組織選挙」が展開された。
 候補者本人は終始、ボランティアとともに、一人ひとりの市民に駆け寄って握手し、宣伝カーから身を乗り出して一人ひとりに手を振り、弱者にだけ痛みを押しつける小泉「構造改革」を徹底して批判し、安心して暮らせる社会をと、元気いっぱいに訴え続けた。

崩れた自民党の基盤
 黒岩候補の得票は約五十四万票(相対得票率五五・三%)、塚田候補に二十万票の大差をつけての圧勝だ。市部では二十市のうち佐渡の一市を除く十九市で黒岩候補がトップを占め、とくに人口の多い新潟市、長岡市では塚田候補の倍の票を獲得した。さらに自民党が強いと言われた郡部でも、黒岩候補は塚田候補に七割以上の町村で勝利し、四万票を超える差をつけた。
 マスコミ各社の出口調査によれば、「支持政党なし」層の約七割が黒岩候補に投票したばかりでなく、自民党支持層の約三分の一が黒岩候補を選んだことが明らかになっている。事実、選挙事務所からの電話かけでも、「いつも自民党を支持してきたが、今回は入れたくない」「小泉首相はもう信用できない」といった反応が次々と返ってきており、それらが黒岩票へとつながった。
 黒岩候補の得票率五五・三%は、リクルート事件と消費税導入が争点となった一九八九年の新潟参院補選で大渕絹子氏(当時社会党、現社民党)が獲得した五一・四%を上回り、反対に、塚田候補の得票率三三・七%は、新潟での自民候補の得票率としては「五五年体制」成立以来、最低となった。十年以上に及ぶ「平成大不況」のもとで、しかも、変化を期待させた小泉「改革」のメッキがはげる中で、「自民党王国」と言われた新潟県でも、自民党の基盤そのものが大きく崩れていることを、今回の選挙結果は実証した。
 同時に、強調しておかなければならないのは、この「小泉自民への不信任」を棄権=投票率低下に向かわせることなく、黒岩票へと結実させたのは、他でもなく、ボランティア選挙の力だったことである。与野党対決という似通った客観条件を持ちながら、明暗を分けた衆院和歌山二区補選との決定的違いは、ここにあったと言えよう。

全国的市民政治勢力の登場を
 自民党は同日投票となった徳島県知事選でも敗れたが、国政選挙である「和歌山」「新潟」が一勝一敗となったことで、小泉首相も自民党山崎執行部も、責任をとる事態ではないと強弁している。だが、世論の支持をほぼ唯一の力の源泉としてきた小泉首相の「不敗神話」が新潟で崩れた意味はきわめて大きく、今後の政権運営にも確実に影響を与えていくことになろう。
 小泉政権は空虚なスローガンを叫ぶだけで、深刻化する不況と生活不安にも、ムネオ疑惑をはじめとする「政治とカネ」の問題にも、何ら有効な解決策を示そうとしていない。その一方で、国民の自由を圧迫する有事法制三法案やメディア規制二法案の成立にだけは熱心だ。
 いま必要なのは、いったんは小泉改革に期待を寄せた人々をも結集して、本当に政治を変えるために、ボランティア選挙で勝利する全国的な市民政治勢力を登場させることである。昨年三月の千葉県知事選に続き、参院新潟補選での勝利は、そのための確実なステップとなった。新潟に続き、全国各地で市民ボランティア選挙の渦を創ろう!



 黒岩たかひろさんの勝利のために、新潟県在住の知人・友人の方々をご紹介くださるよう、本紙を通じて呼びかけましたところ、多くの読者の皆様からご協力をいただきました。本当にありがとうございました。
 本紙主筆 斎藤まさし




2002年5月18日<京都創政塾専門講座>~組織と選挙-市民の組織化~
「カンパとボランティアによる21世紀型市民選挙のススメ」
講演:市民の党代表 斎藤まさしさん

2002年3院新潟補選 黒岩たかひろ選挙の場合
 それこそ「影武者を使う」というようなこともあります。実は参院新潟補選で、私自身が影武者になりました。大きな選挙になると、有権者が候補者にあったことがない、声を聴いたこともないというような地域もでてきます。とくに新人の場合はそうです。

 この選挙は連合や野党も推薦しての選挙だったので、私はやりたくなかったんですが、しかたがなく、夜の個人演説会をやったんです。その間、時間が無駄なわけですね。候補者のいない宣伝カーはものすごく弱くなってしまう。しかたがないので、代わりに宣伝カーに乗って、候補者になりきるわけです。候補者には「私が……」と言わせるんですけれども、私がそれを言ったらウソになるので、「私が……」だけは言わない。でも、自分が黒岩たかひろになったつもりで、「黒岩たかひろです」「黒岩たかひろです」とやるわけです。そして、声をからす。本当に、からすんです。自分が候補者になり切らないとダメです。本当に勝ちたいという思いがないと、声に出ちゃう。すると、候補者と間違えて、みんな家から出てくるんです。これは辛かったですよ。出てきた人に顔が見えると、違うとすぐにわかっちゃう。候補者じゃないとわかった時の、出てきた人の表情は本当に辛かった。

選挙は何でもあり、その知恵比べだ
 ですから、「何でもあり」なんです。もちろん、何をやってもいいってわけじゃないですけれども、選挙違反じゃないことは、やっていいんです。選挙はその知恵比べだと私は思っている。お金も何にも無く選挙をやって勝つためには、無いお金と人手をいかに作るかということと、戦略と戦術で知恵をどう使うかということしか方法はないんです。だから、3つ例を挙げましたが、全て違うんです。首長選挙、定数1の選挙、地方議員選挙……いろいろあるけれども、選挙の数だけ戦略と戦術があるんです。




2009年9月 1日 (火) 台風一過: 長谷川くみこの 一寸の虫めがね

黒岩たかひろさんと握手を交わす長谷川くみこさん

昨日の台風と寒いくらいの気候が去り、また夏日が帰ってきた今日。

長くごぶさたしたブログですが、昨日新潟の新発田市(3区)から帰ってきました。写真は開票後、衆議院議員に当選された黒岩さん夫妻とのものです。結果はダブルスコアで、自民の6期目の候補を破っての勝利だったので直前にそうかも、とは思いましたがまずは良かったです。

3区は、新発田市、聖籠町、阿賀野市、新潟市の北区(=旧豊栄市)、胎内市、関川村、村上市、五泉市、阿賀町、粟島村の10市町村が選挙区でやはり広~いものでした。粟島村以外は、票は勝っていましたが、とにかく行く先々で、切実な、年金や農業・漁業・仕事の問題についての訴えを聞く毎日でした。参議院選挙で行った経験がある新潟ですが、小選挙区で回ると本当に集落の隅々に行くので、とてもいろいろなことを知ることができ、勉強になります。行けどもいけども、1ヶ月もたたないうちに刈り取りをするだろう田んぼの稲穂が広がる地域が多く、また岩場の海岸に近い山形との県境の集落の付近は漁業が中心で、新潟の食と自然の豊かさには今更ながら圧倒されました。一方、豊かさとは裏腹の厳しい生活を強いられる現実が、「変えるとき」を待ち望んで今回の選挙結果を生んだこともしごくうなづけます。

変える時! 民主党

このポスターはたたんであったものを携帯で撮ったのであまりきれいではありませんが、私はとても気に入ったので1枚もらってきました。

この選挙は18日の夕方から現地に入っての選挙カーでしたが、今回はまたいろいろと人間勉強をさせていただきました。以前の自分では考えなかったことも考えるようになって、自分も年をとったなあと思ったりもして。とにもかくにも真夏の決戦は一応終えました。

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タグ : 民主党 市民の党 黒岩宇洋 酒井剛 

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